「杞憂」とは、心配する必要のないことをあれこれ心配することです。
実際には問題が起こらなかったときに「心配は杞憂に終わった」のように使います。また、必要以上に先のことを不安がっている人に対して使うこともあります。
杞憂とは?
杞憂は、起こる可能性がほとんどないことや、心配しても仕方のないことについて不安になることを意味します。「取り越し苦労」に近い言葉です。
ただし、まだ結果が分からない段階では、本当に不要な心配かどうか判断できない場合があります。そのため、相手の不安を簡単に「杞憂だ」と決めつけると、気持ちを軽く扱っているように受け取られることがあります。
杞憂の読み方
「杞憂」は「きゆう」と読みます。
「杞」は日常ではあまり見かけない漢字ですが、「き」と読みます。「憂」は、この言葉では「ゆう」です。
杞憂はどんなときに使う?
杞憂は、必要のない心配をしていたと分かったときに使えます。
特によく使われるのが「杞憂に終わる」という表現です。心配していた問題が実際には起こらなかったことを表します。
また、「それは杞憂ではないか」のように、相手が必要以上に心配していると伝える場合にも使えます。ただし、相手の心配に根拠があるときは適切ではありません。
杞憂を使った例文
- 天気を心配していたが、雨は降らず、結局は杞憂に終わった。
- 新しい仕事になじめるか不安だったが、その心配は杞憂だった。
- 連絡が遅いので何かあったのかと思ったが、杞憂で安心した。
- 準備は十分にできているので、失敗するという心配は杞憂に終わるだろう。
- 彼女の慎重な意見を、根拠もなく杞憂だと片づけるべきではない。
杞憂の類語・似た表現
取り越し苦労
まだ起きていないことを前もって心配することです。「杞憂」と非常に近い意味を持ちます。
「取り越し苦労」は会話でも使いやすい表現です。一方、「杞憂」はやや硬く、文章や仕事上の会話でも使われます。
無用の心配
心配する必要がないことを表す、分かりやすい言い換えです。「その心配は無用です」のように使えます。
なお、「懸念」や「危惧」は、悪いことが起こる可能性を心配する言葉です。心配が不要だという意味までは含まないため、杞憂と常に置き換えられるわけではありません。
まとめ
「杞憂」は「きゆう」と読み、心配する必要のないことをあれこれ心配することを意味します。
「心配は杞憂に終わった」のように、予想していた問題が起こらなかった場面で使うのが一般的です。相手に対して使う場合は、その不安を一方的に軽く扱わないよう注意しましょう。



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